●啓蟄(けいちつ)
陽気地中にうごきちぢまる虫あなをひらき出ればなり
No.023
お雛さまと厄病神
陰暦三月の巳の日に人形に身体の汚れを移して海や川に流して災厄を祓う行事は中国古代。その人形から玩具の雛が発展、室町時代から雛祭へ。汁粉やアズキ飯赤飯を供えて、厄病神をお雛さまと共に川へ流して病気を遠ざけたり、女の子の成長を祝ったり。
厄年とあずき
厄年の考え方は平安朝以後の文献に多数現れてくる。陰陽道的な思想によるもので、国内広く根強く生活の中に位置付いていった。全国各地方概、男25、42、女19、33が標準となってきている。厄年は災いが多い年とされ色々な厄払い行事がある。女の33は数字にちなんで3月3日に厄払いという地域もある。厄年は役目の年との考え方もある。女は33才で主婦権が、男は42才で社会の中での役付にと、その役の為に慎み過ごさねばならないので厄の年。厄年行事に用いられるのは赤飯、小豆粥、小豆団子、ぜんざい、羊かん、小豆飯。小豆自身に悪霊払いの霊力を見い出してきた昔人の知恵と人生の節目、通過儀礼のハレの席を小豆で祝う知恵との重なり合いが見られます。小豆の役目こそ大役。そんな人間の思いをよそにジッと生活様式の変遷を見つめ続ける赤い小豆。