●小寒(しょうかん)
冬至より一陽おこるがゆへに陰気にさからふゆへますます冷也
No.043
飯と粥
平安時代の主食は、「飯」と「粥」。粳米を甑で蒸すと「姫飯」、糯米だと「強飯」今の「お強」、小豆入り「お強」は今の「赤飯」。「粥」には「汁粥」と「固粥」。小豆入り「汁粥」は今の「小豆粥」、同じく「固粥」は今の「小豆飯」。因みに現在私達が食している白い「ご飯」は白米の「固粥」。
左義長(どんど)と小豆粥
奈良県桜井市高家。その字の如く、急な坂を車で十分程登った所で、高家からは古代史の里、奈良の里や山が眺望できます。ここに民俗学を国文学に導入し新境地を開いた偉大な学者折口信夫の弟子の一人、栢木喜一先生が居られ80才を越えた今でもお元気に執筆活動や後進の育成に活躍しておられます。栢木先生のお宅は伝統の風習を正しく守っておられ、例えば毎年左義長の日には小豆の「ぜんざい」を食され、また左義長の火を木片に移し家に持ち帰り、その火で小豆を炊かれます。翌日の早朝6時半位からその小豆で小豆粥をつくり、それを枇杷の葉に少しずつ乗せ、座敷の仏様や居間の神様、台所の荒神様、庭の祠、果樹の根本、米櫃などに供えます。栢木先生の祖父祖母の時代には、果樹の幹につけた傷に小豆粥を塗り豊作を祈る「成木責め」という農耕儀礼を行っていたそうです。