●立秋(りっしゅう)
はじめて秋の気たつがゆへなればなり
No.057
赤い陰膳
息子が、夫が、戦争へ行く。「帰ってきてね」「心配するな」と口ではいうが、お互いの覚悟はできている。戦場へ旅立つ家族の、生還を祈って、陰膳を床に供える。当時、小豆飯や赤飯で赤い陰膳をこしらえて家族を見送ったという母親や妻もいました。
なぜ和菓子屋が赤飯を
昔、お祝いごとなどがある時には家でお赤飯をつくりましたが、最近はそんな家も少なくなったようです。ところで、赤飯を買い求めたり、つくってもらうお店は和菓子屋さんであることが多いですね。なぜ和菓子屋が赤飯をつくるのでしょうか?おめでたい紅白饅頭をつくるから、ついでに?理由はそんなに単純なものでしょうか?例えば室町時代、武家の行事食では餅、梨、栗、蜜柑、興米(アワオコシの様な菓子)などと一緒に赤飯も菓子として扱われていたそうです。・・・・・・菓子の起源は果物ですから、昔と今では菓子のイメージが随分違います・・・・・・また、江戸時代には御所で宮中行事がある度に、今でいう宮内庁御用達の餅菓子屋さんが大量の赤飯を納めたり、一軒のお店で賄いきれないときは同業者の応援を仰いだそうです。それで今も和菓子屋が赤飯をつくるのかも知れません。