●霜降(そうこう)
つゆが陰気にむすぼれて霜となりてふるゆへなり
No.062
平安時代の小豆産地
「美作国 小豆六石。備前国 小豆十九石七斗。備後国 小豆一石七斗。紀伊国 小豆卅石。阿波国 小豆十六石」というような文章が平安初期の宮中儀式などを詳細に記した『延喜式』の中に見られるそうですが、当時の小豆産地は近畿、中国、四国に点在していたようです。
小豆で健康祈願
11月初旬になると地方出身のお年寄りの中には亥の子の祝いを懐かしく思われる方もいらっしゃるでしょう。昔はこの行事を境に、田の神様が去る(西日本)といわれたり、炬燵を出すという習慣があったようです。現在も庶民のお祭りとして伝承され、亥の子餅としてボタモチを食べる風習が残っている地方もあります。ところが平安時代に行われていた亥の子の祝いは格式高い宮中行事で、官人の健康を祈るお祭りだったようです。亥の子餅もボタモチではなく、粉にした小豆、胡麻、栗に水を加え搗き碁石大に丸めたもので、官人たちはこの「三色」の粉餅を銀杏や紅葉などの葉に乗せて頂きました。優雅と風流を極めた儀式だったようです。京都の護王神社では11月1日に当時の様子を一部再現した亥子祭を見ることができます。しかし今も昔も小豆で人の健康を祈ったことには変わりありません。