●白露(はくろ)
陰気やうやくかさなりて露こごりて白色となればなり
No.107
お祝いの度に小豆
金沢方面から五箇山地方に入る道・・・・・・明治20年に細尾峠が開かれる。昭和2年に自動車の通れる八幡道路が開通。冬でも車が通れる悲願のトンネルができたのは昭和59年でした。五箇山に点在する約70の村の一つ、富山県東砺波郡平村相倉の年中行事や通過儀礼には小豆は欠かせません。
男は赤飯・女は牡丹餅
相倉では9月9日の重陽の節句にはぼたもちと赤飯で祝いました。同月20日の秋祭では赤飯が今も大切なお供えですがこんな風習もありました。出産・・・この辺りは産婆がいないので経験者や姑の手を借りて、座産で行いました。お産がすむとそのまま布団によりかかり足を伸ばしたまま一週間を座って過ごします。寝ると血が騒ぐといったそうです。食事は味噌汁と飯という普通の食事。赤ん坊はボロに包んで紐でしばって寝かせておく。7日目に産湯に入れて、その後初めて産着を着せる。どんな寒い日にも湯タンポひとつなく、火は使えなかった。おむつ替えは玄関の目立たぬ所で行った・・・或る地方では屋敷の外にある産屋で出産が行われた様に、出産時の血は忌むものという考えがあったから産婦や赤ん坊は隔離されたのでしょう。それでも相倉では赤ん坊が男なら赤飯、女ならぼたもちを持って村人が祝いに来ました・・・・・・お嫁さんの入籍は出産の頃に行われた。