●夏至(げし)
陽ねつ至極し、又日の長きのいたりなるをもってなり
No.126
故郷の牡丹餅・饅頭
故郷に帰ると饅頭や牡丹餅や羊羹や極甘の砂糖入り卵焼きなどの甘いものが「これでもかこれでもか」と出てくることがあります。あれば甘い食べ物が貴重な時代に育ったお爺ちゃんお婆ちゃんが子や孫に賛沢をさせてやろうという優しい気持ちの表れなのです。
甘いもの信仰
日本の製塩は縄文時代から始まります。塩分は人間の生命維持には不可欠ですが、古代日本人には特にこの意識はなく、塩は調味、防腐、保存に使用していました。海岸地域ではどこでも塩が造れたので、生活必需品ではあってもさほど貴重品ではなかったのでは?一方砂糖は8世紀半ばに薬として宮中に献上されたという文書が残っているくらいに貴重品でした。その頃の砂糖は黒糖だったのでしょうが海外からの渡来品でした。国産砂糖の歴史は江戸時代からで、白糖は高級和菓子などにしか使用されませんでした。やっと明治5年に東京深川に精糖所ができ、白糖の製法が全国に伝わりました。第二次世界大戦以前まで、日本では白糖は貴重品の一つでした。そんな歴史の中で、日本人の甘いもの信仰が根付いたのでは?まったりと甘い小豆餡の味は、今も賛沢の極みなのです。