●芒種(ぼうしゅ)
芒ある穀るい稼種する時なればなり
No.149
小豆の値打ち
戦前日本の津々浦々に物流が行き届いていなかった頃。水田のない離島や陸の孤島と呼ばれる僻地では米はとても貴重な食物で、ご飯と言えば大量の麦を混ぜた麦こ飯だったと言う。また滋養の高い小豆は米以上に命をつなぐ大切な穀物だったのか、或る地域では小豆1升は米2升の値打ちがあった。
麦隠しの小豆
四方を海に囲まれた日本には美しい半島や岬が随所にあります。道路事情が良くなった今では集落がある所ならどんな険しい岬の先端までも車で行けます。そんな岬の集落に生まれ育った70代の方のお話です。小学4年までは岬の分校で学ぶが5年以上になると岬の先端から山越えをして幹線道路に出、トコトコ歩いて街の学校に通った。当時学校の昼食は弁当である。その人の弁当は毎日小豆ご飯だった。友達は「お前の家は毎日赤飯か。大したぜいたくだ。」と感心した。しかし、その人は少しも嬉しくなかった。何故なら、麦ご飯の麦を隠すための小豆ご飯だからだ。街のお金持ちの子のように白いご飯か麦ご飯であっても麦の少ない麦ご飯を弁当に入れて行きたかった。でも、集落には水田はなく、今のように豊かではなかったので米はあまり手に入らない。岬の森の焼畑で豆類等を育てていた。大豆もとれたが白い大豆は麦ご飯の麦隠しには役立たず。赤い小豆でなければならなかったのです。