●夏至(げし)
陽ねつ至極し、又日の長きのいたりなるをもってなり
No.150
長江文明に小豆文化?
四大文明メソポタミア、エジプト、インダス、黄河に次ぐ第5の文明の存在が明らかになりつつある。それは稲作を基盤とした長江文明で中国南部にあった。この辺りは西日本と似た気候風土で照葉樹林文化帯と呼ばれ、小豆は同文化帯の産物。果たして数千年前の長江文明に小豆文化はあったのか!?
稲作以前の小豆
古代中国大陸で漢帝国の支配が進み、その影響を受けて江南地方(長江南部)の呉、越などの人々の大移動が始まった。この人々の中に航海術にも長けた民族がいて、彼らが長江流域の稲作文化を日本の北九州へ伝えた、あるいは朝鮮半島南部に入った稲作文化は、やがて北九州へ伝来した。今からおよそ2200年前、弥生時代のこと・・・・・・と有力な稲作伝来説。ところが最近日本海沿岸地域で発掘されている縄文遺跡から長江文明と共通すると思われるものが出土している。これらは縄文時代に中国大陸から渡来者があったことを物語っている。ならば縄文時代の日本列島に稲作文化が栄えても不思議ではないが日本の稲作はやはり「弥生から」と言われる。何故?一説に、縄文時代の日本は人口が極めて少なく自然環境は大いに豊かで山里海の幸の採取で食糧は十分に足りた。縄文人は野生小豆も採取したかも!?また焼畑農耕を行い小豆を栽培していたかも知れません。