●小暑(しょうしょ)
大暑来れるまへなればなり
No.151
川を往った小豆文化
川は山と里をつなぐ一つの情報網だったようで、水神であり妖怪でもある河童は川を遡り山で山童になるともいわれる。山童はまた山の神にも通じるとの説もあり、この山の神のお供えが赤飯と魚のオコゼだったという地域がある。そして河童の好物に赤飯、小豆飯が!小豆文化は川を上ったのか下ったのか?
同情の赤飯は要注意
長崎県対馬の豆酘村の昔話です。村内の川には幾つかの河童の一族が棲んでいたがどこの河童もおとなしく村人に悪戯をしなかった。唯家に病人が出たりすると河童の巣の入口にご弊を立て赤飯を供えた。豆酘村の河童の中で一番勢力が大きかったのが川の中流に棲むでーじんの河童でお供えの赤飯も多かった。ところが勢力が大きくなり過ぎてお供えの赤飯だけでは不足になり不満を感じ、それででーじんの河童は村人に悪戯をするようになった。すると村人も怒り河童と戦った。やがてでーじんの河童の大将が村人に生け捕りにされた。大将は謝るが許されず庄屋宅の柱に縛られ罵られ頭の水も枯れ食事も受けつけなくなった。庄屋の女中お千代が大いに同情し赤飯をあげた。好物の赤飯を食べ元気をとり戻した大将は数日後「良い河童になる。絶対誓う」お千代に縄をとかせ逃げた。すると河童の仕返しか暴風雨が!自責の念にお千代は身投げ。以来河童は悪戯を止めたが風の日はお千代の泣き声が・・・・・・。