●寒露(かんろ)
陰寒の気にあふれて露むすびこちんとすればなり
No.157
瓦作りの習俗
御座候の本拠地にある世界文化遺産姫路城は昭和時代半ばに復元工事を行っており、その際に瓦作りを請け負ったのが大阪府豊能郡豊能町の職人さんたちでした。ところでこの豊能町では瓦を焼く窯の新築には、八寸膳の上に、膳の大きさに合わせて作った大きな小豆餅と黄粉餅を乗せて祝ったそうです。
きささんとせきさん
かつて養蚕業の本場だった富山県五箇山地方。合掌作りの集落が世界文化遺産に指定されている平村相倉は五箇山の中でも特に優れた養蚕農家が揃っていた。見事な合掌作りの民宿勇助・池端家もその一軒。この家の養蚕を支えていた一人池端きささん、明治34年生まれ。養蚕は重労働の連続である。蚕が桑の葉を喰う最盛期は午前4時から午前0時迄働き通し。狭い蚕棚にぎっしり並ぶ蚕たちに大量の桑の葉をムラなく投げ与える。これを1日5回繰り返す。その合間に炊事洗濯掃除子育て。養蚕自体、田畑の仕事や和紙生産などと並行して行う。きささんは人の2〜3倍は働いた。きささんの長女、大正9年生まれのせきさんも「年中蚕のことを考えていた」という親譲りの働き者で、小学卒業の13歳で糸引きを習い始め、この時お父さんがせきさんのために注文した新しい足踏み糸繰り機が池端家に来たのを祝い、赤飯をたくさん炊いて家族で食べた。せきさんの最も嬉しかった想い出の一つです。