●啓蟄(けいちつ)
陽気地中にうごきちぢまる虫あなをひらき出ればなり
No.167
お祭り準備
旧暦1月25日に最も近い日曜日の前日の朝、福島県伊達郡保原町字弥生町の商店街にある七代150年続いている老舗の和菓子屋さんで2升の糯米と適量の小豆でおこわ(赤飯)が蒸される。このおこわは麻袋に入れられ、町の広場で高さ60p幅1.5mの大藁苞に包まれて氏神厳島神社に奉納。翌日は本祭りです。
奇祭つつこ引き祭り
福島県地方では藁苞のことをつつことかつとこと言い稲神の象徴のように扱われることがあります。保原町厳島神社のこのお祭りはおこわが入ったつつこを下帯姿の町衆達が力まかせに引き合い、地面に叩きつけ我が村に豊作と繁栄を招こうというものですがその由来は・・・・・・享保年間(1716〜1736)に保原地域は大飢饉に襲われた。事態を重く見た当時の領主松平出雲守通春公は厳島神社に領民を集め籾種を分け与えた。通春の領民を思う心が神に通じたか翌年は豊作となり、人々は初穂を神前に奉納した。街中では市がより盛大に開かれるようになった。その郷土の勢い豊かさをさらに盛り上げるためにつつこ引き祭りが始まった・・・・・・と一説に伝えられます。さてつつこの中のおこわは何を意味する?領民が貰った籾種かも知れません。人々は喜びのあまり籾種の俵を引き合ったのか!?お祭りの最後につつこが解かれおこわが奉納されるが、一日中引き合い叩きつけられたつつこの中のおこわは小豆餅に変身。