●小満(しょうまん)
万物盈満すれば草木枝葉しげる
No.172
四国のチベット
高知愛媛の県境に位置する高知県土佐郡本川村は四国のチベットと呼ばれる嶮しい山里。昭和半ばまで焼畑農業が伝承され、概ね、1年目に主食の1つだった稗、2年目に米と交換できた小豆、3年目に和紙の原料の三椏を育てる3年3作のあと樹木を育てていた。山を守り、その山に命の源を求めた。
私の着物は小豆だった
その本川村の中でも特に山深いところにある在所越裏門に住む昭和2年生まれの或る女性から聴いた話です。「私が少女の頃、小豆は大豆の2倍以上の値打ちがあった。街からやってきた人はお金や魚を山の小豆と交換して帰った。或る時、母親が山の小豆を持って街へ行き、呉服の反物と交換してきた。そして、私の嫁入り前にその反物を着物と交換してきた。だから嫁入り道具の私の着物はもとは小豆だったの」「結婚の相手は同じ在所の十程年上の警察官、初めて会う人だった。その人が爺さんに見えた。相手は私を子どもだと思ったと言う。当時お見合いは結婚のことで直ぐに茅葺きの家に嫁入りした。主人は間もなく出兵し沖縄で玉砕間際まで戦い、幸い生きて復員した。戦後主人は民間企業に勤め家族共々村を離れたがやがて帰郷し、最近姑も主人も亡くなり、今は山で独り暮し。いずれ街の息子家族の世話に。色々あったけれど幸せよ」。今も茅葺の家の前の畑で小豆を育てると言う。